ジージャンと同行二人お四国さん

第64番札所   石鎚山 前神寺     (いしづちさん まえがみじ)

10月10日

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質素堅実といった風情の山門です。

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門前の様子です。

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質素な門の向こうは、とても広々としているようですよ。


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まだ本堂は見当たりません。


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広い境内を横切り、やっと本堂への矢印が有りました。

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あの石段を上がったところかもしれません。

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やっぱりそうでした。

やっと本堂にたどり着きました。

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風格の有る入母屋造りの本堂です。
樹木を従え霊気に満ちた佇まいに圧倒されます。


前神寺は、山岳信仰の山として信仰を集める富士・大山など日本七霊山の一つ石槌山の麓にあります。

奈良時代のはじめ役行者小角が石鎚山で修行し、衆生を救済するために阿弥陀如来の尊像を彫って安置し開創したと伝えられています。
その後桓武天皇が病気平癒の祈願し成就されます。
そこで、七堂伽藍を建立して「金色院・前神寺」となさいました。
そしてその後、弘法大師が入山し求聞持法を修められました。

この本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【阿弥陀如来】 おん あみりた ていぜい からうん (三回唱えます)


その後大師堂に行きます。

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ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。

そして、納経所で御朱印と御影を頂きます。

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参拝の完了です。


広い境内をご紹介いたします。

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鐘楼です。

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弘法大師像です。


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御滝行場不動尊
かつては滝打ちの修行が行われていたそうです。
周りには一円玉がたくさん貼り付けてありました。
一円玉を投げて貼り付くとご利益があると伝えられています。

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薬師堂

いやあ、ほんとに広い境内でした。
思わず深呼吸をしたくなるような空気感がありました。
これで2日間の参拝を終わります。



  1. 64番札所
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第63番札所   密教山 吉祥寺    (みっきょうざん きちじょうじ)

10月10日

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素朴で明るい感じの山門です。

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山門の手前には象が迎えてくれる石橋があります。

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四国霊場の中でご本尊様が毘沙聞(門ではないのです)天なのは、このお寺だけです。


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本堂です。

山門とよく似た雰囲気の素朴な本堂です。

弘法大師がこの地を巡錫した折に1本の光を放つ檜を見つけ、霊気が満ちているのを感得されます。
大師は、この霊木で本尊とする毘沙聞天像を彫造なさり、脇侍として吉祥天像と善膩師童子像を刻んで安置されます。
そして貧苦からの救済を祈願して、堂宇を建立したのが開創と伝えられています。
ご本尊の毘沙聞天は「米持ち大権現」ともよばれて、農家の信仰が厚いそうです。

この本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【毘沙聞天】 おん べいしら まんだや そわか (三回唱えます)


そして大師堂に行きます。

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大師堂も素朴な感じでした。

ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。

そして、納経所で御朱印と御影を頂きます。

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参拝の完了です。


境内の様子をご覧ください。

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お迎え大師です。

落ち着いた感じのお大師さまです。

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くぐり吉祥天女のお像です。
この天女の下をくぐると、貧苦を取り除き、富貴財宝を授かるというご利益があるそうです。


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成就石
目をつぶって願い事を唱えながら近づき、金剛杖の先が石の穴に通れば願い事が成就するということです。

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鐘楼です。

吉祥寺のご紹介を終わります。


  1. 63番札所
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第62番札所   天養山 宝寿寺    (てんようざん ほうじゅじ)

10月10日

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この石柱の前でご挨拶です。
「一国一宮宝寿寺」の石標は、四国霊場最古といわれています。

石柱の先は

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整頓され日本庭園のようです。


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奥が本堂です。

聖武天皇の勅願により、伊予国一の宮の別当寺として建立されました。
その寺名は「金剛宝寺」と称して、現在地ではなく中山川下流の白坪という地にあったと伝えられています。
その後弘法大師がこの地方を巡錫し、聖武天皇の妃である光明皇后の姿をイメージして十一面観世音菩薩像を彫造されます。
これをご本尊とし、寺名を「宝寿寺」と改めて霊場とされました。

この本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【十一面観音】 おんまか きゃろにきゃ そわか (三回唱えます)

その後大師堂に行きます。

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ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。


そして、納経所で御朱印と御影を頂きます。

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参拝の完了です。


境内の様子を少しご覧ください。


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安産観音像

この頃国司だったの越氏の夫人が難産で苦しんでいました。
大師が境内の玉の井で加持したところ、無事出産したことから安産の観音さまとしても信仰されたということです。


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正面が納経所、右手前は線香立てです。

62番札所に深々と頭を垂れ63番札所に向います。



  1. 62番札所
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第61番札所  栴檀山 香園寺    (せんだんざん こうえんじ)

10月10日

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山門がありませんので、石段の下でご挨拶です。

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駐車場からはすぐの所にあります。

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この鉄筋の建物が本堂と大師堂が一緒になった大聖堂です。

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本堂の前に進みます。

用明天皇の病気平癒を祈願して、聖徳太子が建立したと伝えられています。
このとき太子の前に金の衣を着た白髪の老翁が現れて、大日如来像を本尊として安置したと言われています。
天平年間には行基菩薩も訪れています。
弘法大師が巡錫中に一人の女性が道端で難産に苦しんでおり、大師は栴檀の香を焚いて加持祈祷をなさいます。

すると女性は元気な男子を無事に出産しました。
そこで大師は唐から持ち帰った大日如来像をご本尊の胸に納め、栴檀の香を焚いて安産、子育て、身代わり、女人成仏を祈る「四誓願」の護摩修法を寺に伝えられました。
「栴檀山」という山号はここからきているそうです。

この本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【大日如来】 おん あびらうんけん ばざらだとばん (三回唱えます)


そして

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2階に行きます。

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上がって827の椅子席が有る大聖堂を入ってすぐの所に、お大師さまを祀ってあります。

ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。


そして、納経所で御朱印と御影を頂きます。

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参拝の完了です。


境内の様子をご覧ください。

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鐘楼です。


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子安大師像

背中にゴザを背負い、右手に錫杖を持ち、左手に赤ん坊を抱いたお顔は優しく慈悲に満ちておられます。
子供に恵まれない人が、霊験により子宝を授かった例がたくさんあるそうです。


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お地蔵さま


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本堂と大師堂のろうそく立てと、線香立てです。
ぐるっと一周立てることができます。

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見事な松の木がアクセントの広い境内は、陽が燦々と照り古刹の風格が感じられました。


  1. 61番札所
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第60番札所  石鎚山 横峰寺   (いしづちさん よこみねじ)

10月10日

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失態です、私が写り込んでいません。
ここは山門でもなく石柱もない石段ですが、ご挨拶をする所がなくこちらでしました。
山門は山の中で、歩きお遍路さんだけがくぐれます。

ここでご挨拶をした証拠写真です。

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上がっていく私がおります。

それではここにたどり着くまでの行程を紹介します。
横峰寺は、四国霊場のうち3番目の高地(西日本の最高峰石槌山の中腹750m)にあり、「遍路ころがし」の最難所でした。
ところが昭和59年に林道が完成して、現在は境内から500m離れた林道の駐車場まで車で行き参拝できます。
ただし、冬期は12月下旬から2月いっぱい不通となり、大型バスの通行は不可能です。

さて、私たちもいよいよ入って行きます。

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車はどんどん上がって行き、横を見ると山深い光景が広がっていきます。

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私は極度の高所恐怖症のために、ここに来ることが怖くて怖くて尻込みしていました。
狭い道で片側は絶壁です。
マイクロバスのところまで(ここも狭い)上がって行き、自家用車からマイクロバスに乗り換えて参拝する方も多いそうです。
私はそこでうんと悩んだ挙句・・知らない運転手さんだと落ちた時に後悔しますが夫ならまぁ致し方ないと諦められます。

覚悟を決めて夫に託すことにしました(夫はその大袈裟な決意を苦笑していましたが)

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林道を通過するための料金所があります(1850円)
ここを登っていく間「南無大師遍照金剛」と、ずっと唱えました。
20分位かかりましたが、一度だけの離合で済みました。

着いた先は

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こんなに高く、眺望の素晴らしさに目を見張りました。

そして

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坂道を10分ほど下りて行きます。

やっと着きました。

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そして上記の石段のところでご挨拶をしました。

その石段を上りきった所に

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木々に覆われた本堂があります。

651年、修行僧の開祖役行者小角が石鎚山の星ヶ森で修行をしていると、山頂付近に蔵王権現が現れその姿を石楠花の木に彫り、小堂を建てて安置したのが創建とされています。
その後石仙(しゃくせん)仙人という行者が、桓武天皇の脳病平癒を成就し、仙人は菩薩の称号を賜りました。

また810年に弘法大師がこの寺で厄除けと開運祈願の星供養の修法をし、この地を霊場と定め大日如来を刻んでご本尊として安置なさいました。
神仏習合の別当寺として栄えますが、明治新政府の廃仏毀釈により廃寺になります。
その後明治42年に檀信徒の協力で復興しました。

この本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【大日如来】 おん あびらうんけん ばざらだとばん (三回唱えます)

その後大師堂に行きます。

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ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。


そして、納経所で御朱印と御影を頂きます。

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参拝の完了です。


境内の様子を少しご紹介いたします。

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鐘楼です。
私たちはお作法として、お参りの前に鐘をついていました。
この日までそう思っておりました。
私たちの後に鐘をつこうとした方が、境内を掃いていらしたご住職に「鐘をついてもいいですか?」と質問なさったところ...

「鐘は本来修行を積んだ尊い方がつくものです。ですが電車の見学に行ったら警笛を鳴らしたくなるでしょう。
その行為と一緒だから、まぁ大目に見ています」と笑いながらおっしゃいました。
そのお遍路さんは、つくのをおやめになりました。
私たちも初めて伺うことで、知ってしまったらやはりこれからはつけませんね。

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お大師さま
写真にはありませんが「星供大師像」があります。


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ゆっくりと参拝をして、帰りは長い上り道を歩きます。

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バスのりばに一般車の駐車場もあります。

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さて、これからまた狭い林道を「南無大師遍照金剛」と唱えながら下っていきます。
お蔭さまで、2回離合をしましたがいずれも広い道のときでした。

難関の横峰寺をあとにします。

  1. 60番札所
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プロフィール

まま♪

Author:まま♪
息子を亡くして20年、いつか四国八十八箇所霊場巡りをしたいと思ってきました。
そのために体を鍛えたり、金銭的にも無理や負担のないように計画できないものかと色々考えて来ました。
やっとその目処もつき、初めの第一歩を踏み出しました。
六十路のゆるい修行の旅になりそうです。

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