ジージャンと同行二人お四国さん 25番札所

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第25番札所   宝珠山 津照寺     (ほうしゅざん しんしょうじ)

12月5日

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柱に屋根がついただけの、こぢんまりとした朱色の山門です。
左の石碑には、「海上安全交通安全 御本尊楫取り(かじとり)地蔵菩薩」と刻んであります。
海で働く漁民の信仰が厚いこのお寺は、地元の人々からも「津寺(つでら)」と呼ばれて親しまれています。

津照寺の周辺は細い路地が多く、駐車場は港の傍にありました。
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抜けるような青空のもと、魚屋さんの威勢のいい声を聞きながら
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山門に向けて歩きます。

夫は職業柄
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これが気になるようです。

さて、山門をくぐった私は、上を見上げます
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またしても階段です。
階段の途中には、鐘楼門が見えます。

フーっとため息が出ましたよ、頑張って上がりましょう
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勾配も急ですが、一つ一つの階段の幅が狭いのです。
手すりを持っていないと怖かったです。

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鐘楼門の下右手に、漁業殉職者の慰霊塔があります。
合掌

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その石碑を通り過ぎると
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海を向いて立っている大師像は、海の安全を祈願して造られたということです。

そして、やっと
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鐘楼門をくぐりました。
まだまだ階段は続きます。
夫も私のお尻ばかりを写すのに疲れたと言っていました(笑)


階段を上がりきった所は、小高い丘陵です。
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漁港の町を見下ろして、この地を守るお寺だということを強く感じました。

本堂はその小高い丘陵にあります。
ご本尊さまにまつわる話を少ししますね。
弘法大師が四国で修行なさっている時に、、山の形が地蔵菩薩の持つ宝珠に似ていることで霊地とし、地蔵菩薩を自ら刻まれ、山号を「宝珠山」寺号を「津照寺」となさいました。

そのご本尊さまは、「楫取地蔵菩薩」と呼ばれるようになります。
それは、土佐藩主山内一豊が室戸沖で暴風雨に襲われた時に、一人の僧侶が現れて舵を取り無事に港に着きます。
山内一豊が僧侶の後を追うと、僧侶は津照寺の本堂へと入って行きました。
一豊が本堂へ入ると、海水をかぶって濡れていたご本尊さまの姿がありました。

それからご本尊さまは、「楫取地蔵菩薩」と言われるようになったということです。

その本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【楫取地蔵菩薩】  おん かかかび さんまえい そわか  (三回唱えます)

その後、大師堂に向かうために、上がって来た階段を降ります。
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すると、左手に
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大師堂の前に、こんな木碑があります。
信心深気な方が、この木碑を両手でしっかり押さえて何やら呟いておいででした。
私もあとで、ちょっと真似をしましたが意味はわかっていません。。

その大師堂で、ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。

そして側にある納経所で御朱印とお御影を頂きます。

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参拝の完了です。


その納経所に
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私も、「南無大師遍照金剛」と唱える時に、この言葉を思い出すように努めます。


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プロフィール

まま♪

Author:まま♪
息子を亡くして20年、いつか四国八十八箇所霊場巡りをしたいと思ってきました。
そのために体を鍛えたり、金銭的にも無理や負担のないように計画できないものかと色々考えて来ました。
やっとその目処もつき、初めの第一歩を踏み出しました。
六十路のゆるい修行の旅になりそうです。

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