ジージャンと同行二人お四国さん 53番札所

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第53番札所  須賀山 円明寺   (すがざん えんみょうじ)

5月1日

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道路に面したところにある仁王門です。

あれ?、中にも門が見えます。

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山門をくぐり、右手の手水舎で清めます。

そして

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山門から真っすぐのところにある二層の中門です。

中門をくぐると、正面に本堂があります。

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聖武天皇の勅願により、行基菩薩が本尊の阿弥陀如来像と脇侍の観世音菩薩像・勢至菩薩像を彫造して創建されました。
当時は、和気浜の西山という海岸にあり「海岸山・円明密寺」と称されていました。
のちに、弘法大師が荒廃した諸堂を整え、霊場の札所として再興なさいます。
鎌倉時代に度重なる兵火で再び荒廃しますが、その後須賀重久によって現在の地に移されました。

この本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【阿弥陀如来】 おん あみりた ていぜい からうん (三回唱えます)

その後大師堂の行きます。

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その大師堂で、ご本尊真言は唱えないで、あとは本堂と同じように参拝します。

このあと、納経所に行き御朱印と御影を頂きます。

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参拝の完了です。


少し境内の様子をご紹介いたします。


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弘法大師像
大師堂の左手前に安置されています。

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キリシタン灯籠
大師堂の左横に、マリア像が眠っている場所があります。
キリシタン禁制の江戸時代に、寺では隠れ信者の礼拝を黙認していたそうです。
宗教の本質は一つである、というお大師さまの御心でしょうか。


写真はすべて夫が撮っています。
私はこの2枚に気づきませんでした。

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先日息子と話したのですが、物事は単純に考えたほうがうまく行くような気がします。
あまり複雑に考えると、かえって事を仕損じるような・・・私はどうもこっちの傾向が強いので。

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はい、わかります!

このお寺でも

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私はある名前を探しています。

この日のお参りは終了しました。
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プロフィール

まま♪

Author:まま♪
息子を亡くして20年、いつか四国八十八箇所霊場巡りをしたいと思ってきました。
そのために体を鍛えたり、金銭的にも無理や負担のないように計画できないものかと色々考えて来ました。
やっとその目処もつき、初めの第一歩を踏み出しました。
六十路のゆるい修行の旅になりそうです。

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