ジージャンと同行二人お四国さん 2016年12月

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第44番札所  菅生山 大宝寺   (すごうさん だいほうじ)

12月18日

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圧倒されるような迫力のある仁王門です。

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1455年に福井県の大仏師が作ったと言われ、1874年の大火で門は焼けますが、この仁王像は無事だったそうです。


この山門に辿り着くまでをご覧ください。

私たちは駐車場を通り過ぎたらしく、お遍路用品を売っているお店に尋ねに行きました。
尋ねるだけではと思い数点買い求めますと、ご親切に「ここに駐めてお参りにどうぞ」と言ってくださいました。

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お言葉に甘えて、ここから出発します。

すると、すぐにこんな小さな橋が。

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私はにこにこ顔で、「大丈夫わかっていま~す! 杖はつきませんよ~」と、夫に。

鬱蒼とした木立のに囲まれた道がふた手に分かれています。

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こちらが参道のようです。

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進みます。

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行き止まりには地蔵堂があり、そこを曲がって進みます。

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歩きお遍路さんの道標です。

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ご覧ください、樹齢何年経っているのでしょうか。

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圧巻です。

そして、やっと

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山門に着きました。
大きなわらじや、仁王さまの像を前にしばし見入ってしまいました。

ご挨拶を済ませ山門をくぐります。

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なかなか境内は見えてきません。

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先程の苔むした杉といい、この大きな杉といい樹齢は数百年どころか千年は超えていると言われています。

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夫の守り御本尊であるお不動さまも出迎えて下さっています。

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お~やっと境内に通じる階段が見えてきました。
微かに見えているのが本堂のようです。

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素晴らしい!
青い銅板葺き屋根の、なんとも荘厳な雰囲気の本堂です。

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屋根の様子が少しわかりますか?

この本堂のお話をします。
701年(大宝元年)に、百済の僧が十一面観世音を安置したのがはじまりで、後に開創当時の年号にちなんで「大宝寺」として創建されます。
その100年後に、弘法大師が山中で三密の秘宝を修められ霊場と定められました。

その本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【十一面観音】 おんまか きゃろにきゃ そわか  (三回唱えます)

そして大師堂に行きます。

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左奥が大師堂です。
大きくて立派な大師堂です、昭和59年に建てられた総檜造りで銅板葺き屋根の造りになっています。
右に見えるのは鐘楼堂です。

この大師堂で、ご本尊真言は唱えないで、あとは本堂と同じように参拝します。

その後、納経所に行き御朱印とお御影を頂きます。

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参拝の完了です。

長くなりますが、境内の様子をご紹介します。

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弘法大師像です。

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祈念しています。

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十一面観世音菩薩像です。

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高貴なお顔をなさっています。

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こちらの鐘は「平和の鐘」と名付けられ、第2次世界大戦で亡くなった地元の英霊を供養するために建てられたということです。


43番札所明石寺からの距離は90kmで、これは高知の岩本寺から金剛福寺までの次に長い距離だそうです。
四国八十八ヶ所霊場の中で2番めに長い距離ということになります。





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  1. 44番札所 大宝寺
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別格第8番札所  十夜ヶ橋 永徳寺   (とやがはし えいとくじ)

12月18日

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山門はなく、道路に面した境内の入り口でご挨拶です。

どのように参拝したらいいのかわからなくて尋ねましたところ、「本堂・大師堂・橋の下の弘法大師野宿像3ケ所をお参りしてください」と言われました。

十夜ヶ橋のお話をします。
1200年余り前、弘法大師はこの地を巡錫なさった折、宿も民家もなく橋の下で一晩お休みになられます。
その時に弘法大師は、『行き悩む浮世の人を渡さずば、一夜も十夜の橋とおもほゆ』という詩を詠まれました。

この歌の意味は『日々の生活を過ごすので精一杯で、自分のことを考える時間も無く悟りを得ることもできずに、迷いや悩みの世界にいる私達のことです。日々充実した生活を、心安らかな生活を送ってもらうためには、どうしたら良いのだろうか。』
『このようなことを考えると、一晩が十日ほども長く感じた』と詠まれたのです。
 このお話から、この橋は「十夜ヶ橋」と名付けられたと伝えられています。

「橋の下にはお大師さんが眠っておられる。お疲れのお大師さんを起こしてはいけないので、すべての橋を渡る際は杖をつかないようにしよう。」というお遍路さんの風習は、この橋にまつわる言い伝えから起こったとされています。
悩み多き民衆のことを想い、漆黒の暗闇の中、まんじりともせず一晩を過ごされたお大師さまに敬意を払っているのです。

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本堂です。

この本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【弥勒菩薩】 おん まいたれいや そわか (三回唱えます)

その後大師堂に行きます。

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ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。


では十夜ヶ橋の下にある弘法大師野宿像に向かいます。

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ここに向かうために

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橋の上では金剛杖はつきません。


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方角を変えて

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ご本尊真言は唱えないで、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。

少し丁寧にご紹介します。

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この橋の下で修行をなさるお遍路さんもいらしゃるようで、お布団の貸し出しもあるそうです。

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民のことを色々悩みお考えになって、一夜が十夜にも感じられたお大師さまのご様子です。


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鳩や鯉までも、お大師さまを見守りお側に居るような感じがしました。



最後に、納経所に行き御朱印とお御影を頂きます。

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納経所です。

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そして、待ちに待ったお数珠の「親玉」をいただきました。

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このお数珠の説明です。

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参拝の完了です。


境内の様子を少しだけご紹介します。

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なで大師には、痛いところをなでてください、と書かれていました。
膝が一番ピカピカ光っていました。
向こうも、弘法大師像です。

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夫が好きな布袋さま、なんて良い笑顔でしょう!
十夜ヶ橋も「南予七福神霊場」の一つです。


さぁ、次の第44番札所大宝寺に向けて出発です。



  1. 別格8番札所 十夜ヶ橋永徳寺
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別格第7番札所  出石寺  (しゅっせきじ)

12月17日

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古刹にふさわしく重厚感のある仁王門です。

私はご挨拶をしながら、明石寺から一時間半あまりの出来事がよぎりました。
私には、一時間半が一日半にも感じました。
その長い山道は私にとって、深山幽谷にも感じる体験でした。

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この時はこれから続く恐怖を知りません。

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まだ道路の舗装面も見えますし、写真を撮る余裕があります。
しかしこれから程なくして九十九折の山道はどんどん狭まり、狭い道路の上は落ち葉で埋まっています。
上に行くほどにガードレールはなく、狭い道の路肩は落ち葉でどこが境なのかよくわかりません。
夕方でもないのに辺りは暗く、車のライトで照らし落ち葉を踏む音を聞きながら進んで行きます。

車が大きいので、助手席の私は方向によっては崖の上ぎりぎりを走っているように見えます。
下は断崖絶壁です。
別格一番札所の時も同じような体験をしましたが、ここは標高がもっと高いのです。
極度の高所恐怖症である私の恐怖は、頂点に達しました。

ついに泣き出してしまい、それを見た夫はかなり驚いた様子でした。
おまけに、ナビにあと5kと出ていたのが急に17kに変わったのです。
私はもう限界で、恐怖のあまり泣き顔は能面にようになり、「お願い、引き返してください。お大師さまに呆れられてもいい、ギブアップします」  「お願い、お願いだから」と懇願しました。

心の中は、「何をやっているんだろう、こんなに怖い思いまでしてやり遂げる意味は何?  なんのため?」
そんな思いがグルグル頭を巡りますが、夫はやめることなく先へ先へと進みます。
「多分、あと5kに間違いない、大丈夫!僕に任せて!」と。
私は強く反論する気力も失い、泣きながらも「南無大師遍照金剛・南無大師遍照金剛」と小さな声で唱え続けました。

そして、夫の言ったとおり程なくして出石寺に到着しました。
鳴いた烏がもう笑う、というには恐怖が大きすぎて放心状態です。

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気持ちが収まらないままに、参道を進みます。

すると

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とてつもなく大きなお大師さまの石像です。
私は上を見上げてなお、放心状態です。
お大師さまのお顔、どんなふうに見えますか?
私には、このとき怒っていらっしゃるように見えました。

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そして

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ゆっくり拝顔して、長い階段を上がり始めました。

そして山門に着きご挨拶をしました。
その山門をくぐり、向かった先は

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手水鉢で手を清め、本堂だと思って行ったのは「護摩堂」でした。
手水舎に矢印で案内がしてありますのに気付いていなかったのです。

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踵を返し、足早に本堂に向かいます。

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階段上の右に見えるのが本堂です。

この階段を上がって何気なく左を見ましたら、なんと素晴らしい景色!

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思わず正気に戻り、「きれ~い、すごい!」と叫んでしまいました。

そして右手の本堂に行き、いつものようにお詣りを始める準備に取り掛かりました。

本堂のお話をしますね。

猟師の作右衛門が狩りに出て鹿を見つけ、射殺そうとしたまさにその時に、鹿の立っていた足下の岩が真二つに割れます。
そして千手観音菩薩・地蔵菩薩の像が地中から湧き出し、金色の光を放ったのです。
作右衛門は殺生をやめ、自らを道教と名乗り、この仏像を本尊とし出石寺と命名します。
その後大師が巡錫中に、「三国無双の金山なり」と賛嘆されました。

そして、後々この仏像が粗末に扱われてはいけないということで、石室に密閉して秘仏とされたということです。

来年(平成29年)は開創1300年だということで、春に「千三百年祭」が執り行われる予定です。
そして50年に一度の秘仏本尊がご開帳されるそうです。

その本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【千手観音】 おん ばざら たらま きりく そわか (三回唱えます)

その後大師堂に行きます。

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ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。

その後、納経所に行き御朱印とお御影を頂きます。

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参拝の完了です。


長くなりますが、境内の様子をご紹介します。


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本堂のところでお話しした御手引きの鹿銅像です。

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別格5番札所大善寺でも安置されていた「ぼけ封じ観音菩薩」です。
左下のおじいさんが父にそっくりだと、その時夫と話題にしました。

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やはりよく似ています。

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昼食も食べないでお参りを続けましたので、お腹が空いていましたが、帰り道のことを思うと食べる気になりませんでした。

御朱印を頂いたのは4時を回っていましたので、ここから一時間は優にかかる次の別格8番札所は諦めました。


最後に、境内から見えた息を呑むように美しかった夕景を御覧ください。

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  1. 別格7番札所 出石寺
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第43番札所  源光山 明石寺   (げんこうざん めいせきじ)

12月17日

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歴史を感じる古くて大きな仁王門です。

山門を入る前に手水鉢があります。

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山門をくぐると

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石段があり、その先に本堂が見えます。

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古くて威風堂々とした本堂です。

このお寺は6世紀に欽明天皇の勅願により、正澄上人が千手観音を祀って開創されました。
その後伽羅が荒廃し、821年嵯峨天皇の勅願により、弘法大師が堂宇を再興されます。
現在は「めいせきじ」と呼ばれていますが、本来の名は「あげいしじ」で、「あげいしさん」と呼んで親しまれていたそうです。
乙女に化身した千手観音菩薩が、願をかけて「夜明けに軽々と大石」を運んでいる姿からそう呼ばれるようになったということです。

その本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【千手観音】 おん ばざら たらま きりく そわか (三回唱えます)

そして大師堂に行きます。

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こぢんまりとした大師堂です。
そこで、ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。

その後、納経所に行き御朱印とお御影を頂きます。

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参拝の完了です。


少し、境内の様子をご紹介します。

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古くて貫禄のある鐘楼堂です。
夫と交代で鐘を突いていますが、明石寺では私の番でした。
私の後ろのほうに「夫婦杉」という字が見えますか?

その夫婦杉です。

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立派でしょう~
向かって右が夫でしょうね、それに寄り添うように妻の杉が立っています。


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よく見かける仏足石です。


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夫はこの建築物に惹かれたのでしょうか。
何なのだろうかと調べてみましたが、確実な資料が見当たりませんでした。


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帰りに駐車場に向かっているのですが、ここに「大師うどん」があると書いてあり楽しみにしていましたが、現在は作っていらっしゃらないとのことでした。
残念でした。

この他に、弘法井戸やしあわせ観音石像などがあったようですが、私たちは目が行きませんでした。
残念です。


次は別格7番霊場「出石寺」です。




  1. 43番札所 明石寺
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第42番札所  一カ山 仏木寺   (いっかざん ぶつもくじ)

12月17日

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新しく立派な仁王門です。
以前の山門が老朽化したために、2010年5月から建て替え始め、2011年5月28日に落慶したそうです。

仏木寺はバス通りにあり、便利の良いお寺です。

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高速自動車道からもはっきり見える大きな山門です。

山門をくぐると

石段があり、珍しい茅葺きの鐘楼堂があります。

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帰り際に思い出し、山門を出て慌ててシャッターを切りました(夫が)
右に見える茅葺の屋根が、300年の歴史を持つ鐘楼堂です。

そして、石段からまっすぐに伸びた正面にあるのが本堂です。

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弘法大師が巡錫していると、牛を引く老人から牛の背に乗るように勧められます。
大師は牛の背に乗り進んで行くと、楠の古木の上に大師が唐から投げた宝珠を見つけられました。
そこで大師は楠の木で大日如来像を刻み、その眉間に宝珠を納めて本尊とし、堂宇を建立なさいました。
ここ仏木寺は、ご本尊が大日如来であることから「お大日さん」と呼ばれ、親しまれてきたということです。

その本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【大日如来】 おん あびらうんけん ばざらだとばん

そして、本堂の左横にある大師堂に行きます。

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そこで、ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。

その後、納経所に行き御朱印とお御影を頂きます。

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参拝の完了です。


境内の様子をご紹介します。

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まだ若い弘法大師像です。


夫が目を輝かせる七福神が、ここにも並んでおられます。

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一番向こうの大好きな布袋さまが見えないので

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このお寺も「南予七福神霊場」です。
それぞれのお寺で、七福神のお顔が少しずつ違います。


境内の真ん中には

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観世音菩薩像
民を救うにふさわしい柔和なお顔をしておられますね。

このお寺は、牛馬安全の守り仏として信仰され、多くの人々が祈願に訪れたそうです。
現在は、ペットのご供養に訪れる方が多いということです。
「家畜堂」があったのですが、夫が写真を撮っていなくて残念です。



  1. 42番札所 仏木寺
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第41番札所  稲荷山 龍光寺   (いなりざん りゅうこうじ)

12月17日

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お寺の門は、駐車場からかなり下にある鳥居です。
そこで私は石碑と、仁王像に代わる守護役・狛犬の前でご挨拶をしました。


駐車場からは、結構長い階段を上がります。

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途中に、時代を感じる札所の番号を刻んだ石碑があります。

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ご挨拶をした石碑・狛犬を通り過ぎると

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すぐ右手にお地蔵さまが並んでいます。

左手には

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電話ボックスと鐘楼が並んでいます。
今昔ですね。

鐘楼の鐘をついて、手水鉢で手を清めると

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本堂は目の前にあります。

このお寺の縁起です。
807年に弘法大師がこの地を巡錫なさった時に、稲を背負った白髪の老人が現れ、「私はいつまでもこの地に住み、法灯に従い人々の幸せを守ります」と言い姿を消しました。
大師は、この老人が五穀大明神の化身であろうと思われ、その明神を勧請して稲荷明神像を彫造なさいます。
そして、堂宇を建てて安置されました。
このときに、本地仏とする十一面観世音菩薩と、脇侍として不動明王・毘沙門天も安置され、「稲荷山龍光寺」と名前を付け四国霊場の総鎮守にされました。

その本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【十一面観世音菩薩】 おん まか きゃろにか そわか (三回唱えます)

そして、本堂の右横にある大師堂に行きます。

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そこで、ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。

その後、納経所に行き御朱印とお御影を頂きます。

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参拝の完了です。


境内はこじんまりしています。

ご挨拶をした所から正面に見えるのは、稲荷明神です。
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ここ龍光寺が「三間のお稲荷さん」と呼ばれている由縁です。


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境内から見えるのどかな農村の風景です。


最後に夫が敬愛する七福神がにこやかに並んでおられました。

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  1. 41番札所
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四国別格霊場第6番札所   龍光院

12月17日

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山門はなく、長い階段の下でご挨拶をしました。

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私がご挨拶をした右後ろに、龍光院と記された大きな石碑があります。

駐車場はこの石碑を通り、細い急坂を上がりきった所にあります。
そこから又歩いて戻ります。

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石碑近くには
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大きな立て看があります。
このお寺は「南予七福神霊場」でもあります。

ご挨拶を済ませ、早速長い階段を上がります。

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階段を上がる途中には
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なんとも特徴のあるお大師さまのお像があります。

そして
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四国八十八箇所と別格霊場を合わせたミニ四国百八ヶ所の石仏が並んでいます。


長い階段を上がると
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きれいに掃き清められ、整頓された境内の左奥に本堂があります。

このお寺のお話です。
大師は四国各地でご修行中に、この地にも立ち寄られました。
その時に、この地が都の文化の恩恵をあまりにも受けていないことに心を痛められます。
そこで四国八十八カ所霊場の開創を発願され、願いが成就されたのを記念して、ここに堂宇を建立されました。

その本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【十一面観世音菩薩】 おん まか きゃろにか そわか (三回唱えます)

そして右隣の大師堂に行きます。
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そこでご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。

その後、納経所に行き御朱印とお御影を頂きます。

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参拝の完了です。


境内の様子をご紹介します。

階段を上がって左手すぐに
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私は心に大きくある今の思いにお慈悲をいただきたくて、手を合わせます。

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その先には
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白亜の除災招福大観音像が安置されています。
平成2年、中国から勧請し人々の平和と幸せを願い建立されました。
一石彫りとしては西日本随一の大きさだということです。

そしてその右手に
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威厳がある中に、柔和なお顔のお大師さまのお像があります。
その足元には、四国百八箇所霊場のお砂が撒かれています。
砂の上の台に立って祈念すると、祈願が必ず叶うと書いてあります。
私も一心に祈念しました。


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お大師さまのお像の横には、稲荷大明神が安置されています。


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手水鉢には龍がかたどってあります。
龍光院の名前に因んでなのでしょうか。


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芭蕉の句碑です。

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芭蕉の母親は、伊予宇和島から伊賀名張に移住した桃地氏の出身だと伝えられています。


このお寺から宇和島城が見えます。

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ここは宇和島城から鬼門にあたり、龍光院は藩と領民を守る伊達家の祈願所となりました。


さて、次は第41番札所「龍光寺」です。


  1. 別格6番札所
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第40番札所  平城山 観自在寺  (へいじょうざん かんじざいじ)

7月17日

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古い仁王門ですが、その佇まいには風格があります。

ご挨拶のあと階段を上がります。

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そして天井を見上げると

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十二支盤があり、真ん中に亀の子がいます。
方位を見る亀だということです。

そして仁王門をくぐると、正面に立派な本堂が見えます。

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本堂でお参りをする前に鐘楼の鐘をつきました。

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帰りにつくことは、「かえり鐘」といって良くないそうです。


そして本堂に足を進めます。

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この本堂は昭和39年に建てられた鉄筋コンクリートで、入母屋造りの立派な構えです。

弘法大師が大同2年に平城天皇の勅命を受けてこの地を訪れ、1本の霊木から本尊の薬師如来と脇侍の阿弥陀如来・十一面観音菩薩の三尊像を彫造して安置し、開創なさいました。
残った霊木に「南無阿弥陀仏」と名号を彫り、その宝印に庶民の病根を除く祈願をなさいました。
今でもその御宝印守をお受けください、との立て札が立っており、交通安全や病気平癒に霊験あらたかと言われています。

その本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【薬師如来】 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか (三回唱えます)

そして大師堂に行き、ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。

その後、納経所に行き御朱印とお御影を頂きます。

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参拝の完了です。


広い境内をご紹介します。

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お大師さまのお像です。

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石で作られた心経宝塔
弘法大師が平城天皇の病気平癒を願って般若心経の祈祷をなさいました。
それにちなんで、全国から寄せられる写経が奉納されています。

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栄かえる
親子孫と三かえる・お金がかえる・福がかえる・病気が引きかえる
撫でながらお願い事をすると、ご利益があるそうです。

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「お忘れ・ぽっくり地蔵」と記されています。
お忘れ地蔵・ぽっくり地蔵というそうです。
「お地蔵さまは私達の苦しみ、悩みを除き、大慈悲心を以って福徳を与え、中道無間の苦しみを除き、安楽な世界へお導きくださる菩薩さまです」と書いてあります。

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八体仏十二支守り本尊
一枚岩をくり抜いて光背(体から発せられる後光)を背負った八体仏です。
自分の干支の仏さまにお水をかけてお参りします。


伊予国最初の札所を無事にお参りできました。
次の第41番札所に向けて出発する日がやっと見えて来ました。


  1. 40番札所
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第39番札所    赤亀山 延光寺 (しゃっきざん えんこうじ)

7月17日

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歴史を感じるどっしりとした仁王門です。

いよいよ「修行の道場」最後のお寺です。
金剛福寺から50分ほど山間を走ると閑寂な延光寺が見えてきます。

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左の方に向かいます。

駐車場から山門までは、夏にも関わらず全く暑さを感じませんでした。

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仁王門をくぐると右手に
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大きな亀が出迎えてくれます。
これは、山号赤亀山(しゃっきざん)の由来になったと言われている竜宮から来た亀です。
背中に銅の梵鐘を背負っています。


境内右奥に本堂があります。

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樹木に覆われた閑静な佇まいの本堂です。
その本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【薬師如来】  おん ころころ せんだり まとうぎ そわか (三回唱えます)

そして、左隣にある大師堂に行きます。

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そこで、ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。


その後、納経所に行き御朱印とお御影を頂きます。

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参拝の完了です。


境内を少しご紹介します。

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なんとも言えない愛らしいお大師さまのお像です。
修行をなさっているまだ若いお大師さまのように見受けました。

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眼洗い井戸の矢印を見つけました。
この時私は涙目で困っており、早速向かいました。

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もっと内部を写してほしかったですね・・

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このようなことが記してあります。
この井戸は、弘法大師が水不足に困っていた住人のために、加持して湧き出たものだと伝えられています。
私も瞼を濡らしてみました。

これで修行の地最後のお寺、延光寺のご紹介を終わります。
ひどい忘れように申し訳ないですが、どうかご勘弁を。。

次は、いよいよ伊予国「菩薩の道場」へと進んでいきます!


  1. 39番札所
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第38番札所   蹉跎山 金剛福寺   (さださん こんごうふくじ)

7月17日

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とても大きな仁王像のある立派な山門です。

広島からしまなみ海道を渡り、延々と車を走らせ四国の突端にある足摺岬までの長い道のりの最後の一部をご紹介します。

長い山道を走り続け、やっと大きな海原が見えてきました。
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雨の予報でしたが、青空が迎えてくれました。

そして
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最後の樹木のトンネルです。

それを抜けると
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大きなホテルが立ち並ぶ海辺に出ます。

そしてやっと
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足摺岬の文字が見えて来ました。

駐車場は多くの車で溢れており、なかなか駐車できませんでした。

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やっと駐車できて、私の気持ちに気合が入ります。

そして山門でご挨拶の後、石段を上がると広々とした境内に出ます。

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左手向こうにはお大師さまのお像が有り、その手前に「大師亀」という大きな亀の石像があります。
由来は、弘法大師が海上の不動岩で修行なさった時に海亀の背中に乗って海を渡ったというお話に基づいたものです。
願いを念じながらこの亀の頭を撫でると、幸運が訪れるといわれています。
多くの方が撫でられたのでしょう、頭の部分がピカピカでした。

そして本堂です。
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とても荘厳な感じのする立派な本堂です。

その本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【三面千手観音】 おん ばざら たらま きりく そわか (三回唱えます)

その後、本堂の左隣にある大師堂に行き、ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。

そして、納経所に行き御朱印とお御影を頂きます。

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参拝の完了です。


3万6000坪と言われる広い境内を少しご紹介します。

目を引くのが大きな珍しい石の数々です。

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夫の説明では、これらは四万十帯(付加帯)の石だそうです。


本堂と池を挟んで真向かいに有る、お大師さまのお像をもう一度ご紹介します。

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本堂を囲むように何体もの菩薩さまの坐像が安置されています。

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ゆっくりお参りをして、次の第39番札所「延光寺」に向けて出発しました。



  1. 38番札所
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プロフィール

まま♪

Author:まま♪
息子を亡くして20年、いつか四国八十八箇所霊場巡りをしたいと思ってきました。
そのために体を鍛えたり、金銭的にも無理や負担のないように計画できないものかと色々考えて来ました。
やっとその目処もつき、初めの第一歩を踏み出しました。
六十路のゆるい修行の旅になりそうです。

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