ジージャンと同行二人お四国さん 第43番札所  源光山 明石寺   (げんこうざん めいせきじ)

第43番札所  源光山 明石寺   (げんこうざん めいせきじ)

12月17日

aaaaIMGP7893.jpg

歴史を感じる古くて大きな仁王門です。

山門を入る前に手水鉢があります。

aaaaIMGP7892.jpg

山門をくぐると

aaaaIMGP7895.jpg

石段があり、その先に本堂が見えます。

aaaaIMGP7898.jpg

古くて威風堂々とした本堂です。

このお寺は6世紀に欽明天皇の勅願により、正澄上人が千手観音を祀って開創されました。
その後伽羅が荒廃し、821年嵯峨天皇の勅願により、弘法大師が堂宇を再興されます。
現在は「めいせきじ」と呼ばれていますが、本来の名は「あげいしじ」で、「あげいしさん」と呼んで親しまれていたそうです。
乙女に化身した千手観音菩薩が、願をかけて「夜明けに軽々と大石」を運んでいる姿からそう呼ばれるようになったということです。

その本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【千手観音】 おん ばざら たらま きりく そわか (三回唱えます)

そして大師堂に行きます。

aaaaIMGP7900.jpg

こぢんまりとした大師堂です。
そこで、ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。

その後、納経所に行き御朱印とお御影を頂きます。

IMGP8389.jpg


参拝の完了です。


少し、境内の様子をご紹介します。

aaaaIMGP7897.jpg

古くて貫禄のある鐘楼堂です。
夫と交代で鐘を突いていますが、明石寺では私の番でした。
私の後ろのほうに「夫婦杉」という字が見えますか?

その夫婦杉です。

aaaaIMGP7899.jpg

立派でしょう~
向かって右が夫でしょうね、それに寄り添うように妻の杉が立っています。


aaaaIMGP7904.jpg

よく見かける仏足石です。


aaaaIMGP7908.jpg

夫はこの建築物に惹かれたのでしょうか。
何なのだろうかと調べてみましたが、確実な資料が見当たりませんでした。


aaaaIMGP7910.jpg


帰りに駐車場に向かっているのですが、ここに「大師うどん」があると書いてあり楽しみにしていましたが、現在は作っていらっしゃらないとのことでした。
残念でした。

この他に、弘法井戸やしあわせ観音石像などがあったようですが、私たちは目が行きませんでした。
残念です。


次は別格7番霊場「出石寺」です。



 
こうしてお参りしたお寺を、もう一度お詣りしているように書くことが、私にとって意義深いことだと今回ほど感じたことはありません。
今日書いていて、一番に思ったことは、お大師さまがおっしゃりたいことを、ちゃんとお示し下さっていることに気が付きました。
「夫婦杉」です。
私は夫のことを認めていないわけではないのですが、私よりも若い夫の言動を軽んじるところがあります。

このお四国さんで、まさにそのような言動をとっていました。
夫婦杉のように、「夫を信じ夫に寄り添い夫を立てて行きなさい」という意味で、他の見どころよりもこの「夫婦杉」に着目させられたような気がします。
昨日夫に、息子を死に追いやった人間に対しての気持ちを話しました。

「『恨みは歴史を濁し』の言葉からすると、この恨む心は私自身の生き方を濁すこと?  そしたらこの気持ちをも持ってはいけない?」
「私は『子供を殺されたという恨み』を持つことでまで攻め苦しまなきゃいけない? 私は、こんなことまでも我慢しなきゃ駄目なの?!」と言いました。

すると夫は、「このお四国さんで、どんな形になるのか僕もわからないが、苦しむことなく『赦す』ことができるようになるんじゃない?」と応えました。
私はそれを、これまでのような強い抵抗感はなく聞くことができました。
恨みを抱えて生きて行くということは、しんどいものです。

ですが、そう成れるかどうか、今の私に自信はありません。


  1. 43番札所 明石寺
  2. / comment:4
  3. [ edit ]


comment

  1. 2016/12/24(土) 20:59:07 |
  2. URL |
  3. sora
  4. [ edit ]
私の場合は一日だけ泊まりであとは日帰りだったので今
もう一度お遍路さんをさせていただいている気持ちです。
知らなかったこと見落としたところがいっぱいで読ませた
頂くのがとてもありがたいです。
赦すことはなかなかできないかもしれませんが少しでも
心が軽くなればいいですね。

管理人のみ閲覧できます

  1. 2016/12/25(日) 00:08:22 |
  2. |
  3. [ edit ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます

いらっしゃいませ^^

  1. 2016/12/25(日) 13:40:29 |
  2. URL |
  3. まま♪
  4. [ edit ]
soraさん、こんにちは。

お住いが四国ですと気軽に行けそうですが、お遍路さんとなりますと気構えが必要でそうそう気軽にとはいきませんよね。
夫と話していると、まだまだ結願にも程遠いのに、もう一度廻るような話し方になるんですよ(笑)
子供や孫のためにと書き始めたブログですが、一番ためになっているのは私自身ですね。
歩いていて気付かなかった事柄や思いに、ブログを書いていて気づきます。

soraさんにも、そう言っていただけて、より綴る意欲が出てきます。

息子のことに関しましては、日頃「恨み」を感じながら生きているかと言いますと、それはないですね。
ただ、心の奥底ではその「恨み」は自然な思いとして、激しくはなく淡々と息づいています。
その気持ちを活字にすると、あたかも日々思っているように捉えられるかもしれませんが。
ですが、やはり「恨みは消えました」とは言えませんし、今は言う気は起こりませんね。

soraさん、聞いてくださりありがとうございました。

ほんと、お久しぶりです!

  1. 2016/12/25(日) 14:12:27 |
  2. URL |
  3. まま♪
  4. [ edit ]
鍵コメさま、こんにちは。

正直なお気持ちをお話ししてくださりありがとうございます。
とてもよくわかります。

「恨み」の気持ちを持ち続けるのは、とても強いエネルギーが要りますね。
いつも心に有り、そのくすぶりをずっと抱えたままですからね。
「忘れる」という気持ちだと、それは必ず「思い出す」ときが来ますね。
ですから、恨みは忘れるのではなく、自分の中で「無くなる」、それが最善なのだと思います。

しかし、恨みを意識しているときは、それが無くなるなんて有り得ないと思うのが常ですよね。
ですから苦しい。

ちょっと違うかもしれませんが、私は息子の死を長い歳月受け入れられなくて苦悩してきました。
ですが、気休めやまやかし(?)ではなく「存在は無くても、息子は私の中で確実の生きている」という確信が持てたときに、それを受け入れることができました。
それは単純に歳月が解決したり、忘れることによる「受け入れ」ではありません。

恨みとは意味が違いますが、「強い思い」という意味では似ているかもしれませんね。

少し話が逸れたかもしれませんが、私の思いを書かせていただきました。

それにしても、いい旦那さまに恵まれていらっしゃいますね。
鍵コメさまは、きっと克服なさるような気がしましたよ(*^_^*)

コメントありがとうございました、嬉しかったです。

 管理者にだけ表示を許可する
 

プロフィール

まま♪

Author:まま♪
息子を亡くして20年、いつか四国八十八箇所霊場巡りをしたいと思ってきました。
そのために体を鍛えたり、金銭的にも無理や負担のないように計画できないものかと色々考えて来ました。
やっとその目処もつき、初めの第一歩を踏み出しました。
六十路のゆるい修行の旅になりそうです。

« 2017 10  »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

検索フォーム

ブロとも申請フォーム



.