ジージャンと同行二人お四国さん 第52番札所  瀧雲山 太山寺  (りゅうんざん たいさんじ)

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第52番札所  瀧雲山 太山寺  (りゅうんざん たいさんじ)

5月1日

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古刹にふさわしい風格のある三の門と呼ばれる四天王門で、四天王を祀る二層の楼門です。

ここに来るまでが結構長いのです。

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こちらの仁王門は二の門です。
鎌倉時代の再建で 、3間8脚門 ・入母屋造り本瓦葺きの仁王門は、 国重要文化財に指定されています。
この門をくぐって、また延々と参道が続きます。

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歩いていますね、ところがあまり記憶に無いのです。

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鳥居の向こうには、大日如来像と修行大師像が安置されています。

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お大師さまです。

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手水場があり、水向け地蔵と水掛け地蔵とあります。

そしてやっと

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山門を仰ぐ、長くて急な石段を登り始めます。

山門をくぐると

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端正で美しい本堂があります。
1305年に創建され、桁行7間、梁間9間の入母屋造り本瓦葺きの本堂です。
国宝に指定されています。


もう一枚

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感動しました!

この本堂にまつわる説話をお話ししますね。
豊後の国(大分)で炭焼きをしていた小五郎が、神のお告げで奈良の久我大臣の娘・王津姫と結婚します。
それから運が開け、真野長者と言われるほどになります。
その後、高浜海上で暴風雨に遭い、観音さまに無事を祈願したところ、難を逃れて高浜の岸で救われます。
それに感謝した真野長者は一宇を建立しようと、豊後の工匠を集めて高浜に到着し、本堂を夜を徹して組み上げます。
それ以来「一夜建立の御堂」と伝えられるようになったそうです。

その後、聖武天皇の勅願により、行基菩薩が十一面観音像を彫造し本尊にしたといわれています。
孝謙天皇のころ、七堂伽藍と66坊を数えるほど寺は隆盛を誇るようになりました。
その後弘法大師が巡錫し、それまでの法相宗から真言宗に改宗なさいました。

この本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【十一面観音】 おんまか きゃろにきゃ そわか (三回唱えます)

そして大師堂に行きます。

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その大師堂で、ご本尊真言は唱えないで、あとは本堂と同じように参拝します。

このあと、納経所に行き御朱印と御影を頂きます。
その納経所は、本堂から250mくらい下にあります。

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参拝の完了です。

境内の様子をご覧ください。


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境内に安置されている大きな弘法大師像です。

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立派な山門の全景です。

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夢殿
ここに祀られている聖徳太子の像は、学業成就にご利益があるといわれ、今も多くの受験生が祈願に訪れます。
幸せを「すくい上げていただく」ことから「しゃもじ」を奉納するのが慣わしとなっています。

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摩尼車
これを一回まわせばお経を一巻読んだのと同じ功徳があるとのことです。

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やはり一番心に焼き付いたのは、本堂の屋根です。
その大きくて、なだらかな傾斜の見事さに圧倒されます。

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こちらは反対方向の側面からみた本堂です。
ここで父娘連れの方から、話しかけられました。
徳島の日和佐の方のようで、なぜか私たちに「別格も廻っておいでなのでは?」と声をかけられたのです。
本堂の素晴らしさを聞かせてくださり、別格霊場や鶴林寺の話を伺いました。

お別れをして、次の円明寺に向かいました。

 
このお寺の石柱に、長男と同じ漢字の名前を1本見つけました。
寄進された方のお名前を刻んだ石がありますよね、それです。
私はこれまでも、必ずそのお名前を見ながら参拝してきました。
長男の名前は初めてでした。

初めてなのですが、私が探している名前ではなく、それほど強い感慨も覚えませんでした。
私の『我』の強さで心の中は固くなっており、どんな言葉も浸透しなくなっていたのだと、今は思えますが
このときは、「私が決めた願掛け」に執着するあまり、答えを求める思いでいっぱいでした。
そんな思いに駆られとらわれ、焦りと虚無感が心を占めてきました。

こんな思いを抱えて参拝をしているのですから、参拝に集中してはいないですね。
ですから、よく覚えていないのは当たり前だと、今は自責の念でいっぱいです。
これをお読みになられても、きっと理解しがたいことを書いていると思います。
これは夫と私にしかわからない内容ですが、どうしても書いておきたいことなのです。

この思いを引きずったまま、この日の最後の参拝に向かいました。

  1. 52番札所
  2. / comment:2
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comment

  1. 2017/05/22(月) 21:14:25 |
  2. URL |
  3. sora
  4. [ edit ]
とても素敵なお寺でしたね。
場所が分からなくて駐車場から走って申し訳ないけれどカーテンが閉まりかけている納経所に飛び込んだのを覚えています。
順番が違いますがお大師様もお許し下さるだろうと・・・。
それぞれの思いでお参りされたらいいのではないでしょうか?

Re: タイトルなし

  1. 2017/05/22(月) 21:28:07 |
  2. URL |
  3. まま♪
  4. [ edit ]
soraさん、こんばんは。

印象に残っておられましたか。
私も心ここにあらずでお参りしていましたが、本堂の美しさには圧倒されました。

あります、あります。
私達も5時に間に合いそうもないとき、お詫びを言いながら御朱印をいただいたことがありますよ。
ですが、お経もお上げにならないで、御朱印だけをいただかれる方も結構見かけるんですよ。
何ででしょうかね~

色んな思いでお参りをなさっているのでしょうね。
息子は、とにかく先へ進もうと、心は「無」だったと言っておりました(笑)
結構それが正解のような気もします(笑)

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プロフィール

まま♪

Author:まま♪
息子を亡くして20年、いつか四国八十八箇所霊場巡りをしたいと思ってきました。
そのために体を鍛えたり、金銭的にも無理や負担のないように計画できないものかと色々考えて来ました。
やっとその目処もつき、初めの第一歩を踏み出しました。
六十路のゆるい修行の旅になりそうです。

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