ジージャンと同行二人お四国さん

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第62番札所   天養山 宝寿寺    (てんようざん ほうじゅじ)

10月10日

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この石柱の前でご挨拶です。
「一国一宮宝寿寺」の石標は、四国霊場最古といわれています。

石柱の先は

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整頓され日本庭園のようです。


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奥が本堂です。

聖武天皇の勅願により、伊予国一の宮の別当寺として建立されました。
その寺名は「金剛宝寺」と称して、現在地ではなく中山川下流の白坪という地にあったと伝えられています。
その後弘法大師がこの地方を巡錫し、聖武天皇の妃である光明皇后の姿をイメージして十一面観世音菩薩像を彫造されます。
これをご本尊とし、寺名を「宝寿寺」と改めて霊場とされました。

この本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【十一面観音】 おんまか きゃろにきゃ そわか (三回唱えます)

その後大師堂に行きます。

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ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。


そして、納経所で御朱印と御影を頂きます。

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参拝の完了です。


境内の様子を少しご覧ください。


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安産観音像

この頃国司だったの越氏の夫人が難産で苦しんでいました。
大師が境内の玉の井で加持したところ、無事出産したことから安産の観音さまとしても信仰されたということです。


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正面が納経所、右手前は線香立てです。

62番札所に深々と頭を垂れ63番札所に向います。



  1. 62番札所
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第61番札所  栴檀山 香園寺    (せんだんざん こうえんじ)

10月10日

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山門がありませんので、石段の下でご挨拶です。

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駐車場からはすぐの所にあります。

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この鉄筋の建物が本堂と大師堂が一緒になった大聖堂です。

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本堂の前に進みます。

用明天皇の病気平癒を祈願して、聖徳太子が建立したと伝えられています。
このとき太子の前に金の衣を着た白髪の老翁が現れて、大日如来像を本尊として安置したと言われています。
天平年間には行基菩薩も訪れています。
弘法大師が巡錫中に一人の女性が道端で難産に苦しんでおり、大師は栴檀の香を焚いて加持祈祷をなさいます。

すると女性は元気な男子を無事に出産しました。
そこで大師は唐から持ち帰った大日如来像をご本尊の胸に納め、栴檀の香を焚いて安産、子育て、身代わり、女人成仏を祈る「四誓願」の護摩修法を寺に伝えられました。
「栴檀山」という山号はここからきているそうです。

この本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【大日如来】 おん あびらうんけん ばざらだとばん (三回唱えます)


そして

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2階に行きます。

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上がって827の椅子席が有る大聖堂を入ってすぐの所に、お大師さまを祀ってあります。

ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。


そして、納経所で御朱印と御影を頂きます。

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参拝の完了です。


境内の様子をご覧ください。

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鐘楼です。


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子安大師像

背中にゴザを背負い、右手に錫杖を持ち、左手に赤ん坊を抱いたお顔は優しく慈悲に満ちておられます。
子供に恵まれない人が、霊験により子宝を授かった例がたくさんあるそうです。


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お地蔵さま


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本堂と大師堂のろうそく立てと、線香立てです。
ぐるっと一周立てることができます。

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見事な松の木がアクセントの広い境内は、陽が燦々と照り古刹の風格が感じられました。


  1. 61番札所
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第60番札所  石鎚山 横峰寺   (いしづちさん よこみねじ)

10月10日

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失態です、私が写り込んでいません。
ここは山門でもなく石柱もない石段ですが、ご挨拶をする所がなくこちらでしました。
山門は山の中で、歩きお遍路さんだけがくぐれます。

ここでご挨拶をした証拠写真です。

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上がっていく私がおります。

それではここにたどり着くまでの行程を紹介します。
横峰寺は、四国霊場のうち3番目の高地(西日本の最高峰石槌山の中腹750m)にあり、「遍路ころがし」の最難所でした。
ところが昭和59年に林道が完成して、現在は境内から500m離れた林道の駐車場まで車で行き参拝できます。
ただし、冬期は12月下旬から2月いっぱい不通となり、大型バスの通行は不可能です。

さて、私たちもいよいよ入って行きます。

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車はどんどん上がって行き、横を見ると山深い光景が広がっていきます。

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私は極度の高所恐怖症のために、ここに来ることが怖くて怖くて尻込みしていました。
狭い道で片側は絶壁です。
マイクロバスのところまで(ここも狭い)上がって行き、自家用車からマイクロバスに乗り換えて参拝する方も多いそうです。
私はそこでうんと悩んだ挙句・・知らない運転手さんだと落ちた時に後悔しますが夫ならまぁ致し方ないと諦められます。

覚悟を決めて夫に託すことにしました(夫はその大袈裟な決意を苦笑していましたが)

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林道を通過するための料金所があります(1850円)
ここを登っていく間「南無大師遍照金剛」と、ずっと唱えました。
20分位かかりましたが、一度だけの離合で済みました。

着いた先は

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こんなに高く、眺望の素晴らしさに目を見張りました。

そして

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坂道を10分ほど下りて行きます。

やっと着きました。

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そして上記の石段のところでご挨拶をしました。

その石段を上りきった所に

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木々に覆われた本堂があります。

651年、修行僧の開祖役行者小角が石鎚山の星ヶ森で修行をしていると、山頂付近に蔵王権現が現れその姿を石楠花の木に彫り、小堂を建てて安置したのが創建とされています。
その後石仙(しゃくせん)仙人という行者が、桓武天皇の脳病平癒を成就し、仙人は菩薩の称号を賜りました。

また810年に弘法大師がこの寺で厄除けと開運祈願の星供養の修法をし、この地を霊場と定め大日如来を刻んでご本尊として安置なさいました。
神仏習合の別当寺として栄えますが、明治新政府の廃仏毀釈により廃寺になります。
その後明治42年に檀信徒の協力で復興しました。

この本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【大日如来】 おん あびらうんけん ばざらだとばん (三回唱えます)

その後大師堂に行きます。

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ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。


そして、納経所で御朱印と御影を頂きます。

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参拝の完了です。


境内の様子を少しご紹介いたします。

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鐘楼です。
私たちはお作法として、お参りの前に鐘をついていました。
この日までそう思っておりました。
私たちの後に鐘をつこうとした方が、境内を掃いていらしたご住職に「鐘をついてもいいですか?」と質問なさったところ...

「鐘は本来修行を積んだ尊い方がつくものです。ですが電車の見学に行ったら警笛を鳴らしたくなるでしょう。
その行為と一緒だから、まぁ大目に見ています」と笑いながらおっしゃいました。
そのお遍路さんは、つくのをおやめになりました。
私たちも初めて伺うことで、知ってしまったらやはりこれからはつけませんね。

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お大師さま
写真にはありませんが「星供大師像」があります。


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ゆっくりと参拝をして、帰りは長い上り道を歩きます。

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バスのりばに一般車の駐車場もあります。

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さて、これからまた狭い林道を「南無大師遍照金剛」と唱えながら下っていきます。
お蔭さまで、2回離合をしましたがいずれも広い道のときでした。

難関の横峰寺をあとにします。

  1. 60番札所
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別格第11番札所  生木地蔵 正善寺  (いききじぞう しょうぜんじ)

10月9日

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山門も石柱もなく、本堂に上がる石段の前でご挨拶をしました。

正善寺は、平野の中にぽつんと浮かぶ島のような四尾山の麓にあります。
かつては「おしぶの森」と呼ばれ、樹木の種類が多く国の天然記念物に指定されていました。
しかし度重なる台風の被害により、昭和48年に指定を解除されてしまったということです。

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本堂です。

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弘法大師は四尾山の麓で一夜をお過ごしになった夜、この山に紫雲たなびく輝光をご覧になります。
そして大師は珍しい楠の大木と殊勝の童子にお会いになり「御仏は童子に成り代わり、私にお示しになられた」と感得され、その夜この楠の大木に御霊刀をふるわれて、延命地蔵大菩薩のご尊像を彫刻なさいました。
お大師様が一夜のうちに彫刻なさった生木のお地蔵さまです。

この本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【生木地蔵菩薩】 おん かかか えびさんまえい そわか (三回唱えます)

その後大師堂に行きます。

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こちらが大師堂です。

大師堂は壊れかけていました。
修復費用の700万円がなかなか集まらないとのことです。
一口3万円です。

ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。


そして、納経所で御朱印と御影を頂きます。

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参拝の完了です。


境内の様子を少しご紹介いたします。

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大師がご覧になった楠は昭和29年の洞爺丸台風で根本から倒れました。
その楠の霊木が本堂横に安置されています。
地蔵像は倒れず無傷のまま本堂にお祀りされています。


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雨乞石
慶長年間の大干ばつで雨乞いに効験があって大雨が降り、そのお礼として寄贈されたものです。


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少し寂しい感じがした正善寺です。
寄付をお願いする大きな看板を前に、後ろ髪を引かれつつ正善寺を後にしました。


  1. 別格11番札所
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別格第10番札所   西山 興隆寺     (にしやま こうりゅうじ)

10月9日

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趣のある仁王門です。

ここにたどり着くまでを少しご覧ください。

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駐車場からいざ出陣、みゆるぎの橋という小さな太鼓橋を渡ります。
長い石段を上がり、やっと仁王門にたどり着きます。

この仁王門をくぐると、また長い石段が見えます。
そこから先の長いこと、そのシーンもご覧ください。

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私の前を上がっていらした高齢のご婦人はリタイアなさいました。
息は上がりませんでしたが、心の中で「まだ?」と何回も言いました。
本堂が見えてきた時は、かなり前のめりの姿勢になっています。


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空気が張りつめたような静寂の中に、本堂が鎮座しています。

空鉢上人によって開創以来、行基菩薩・報恩大師・弘法大師が入山なさいます。
そしてこのお寺は、歴代の皇室・武将・藩主・地方信仰者の厚い崇拝を受けてきました。

この本堂で、灯明・線香・納め札・お賽銭を納め、お経を上げます。
ご本尊真言は【千手観音菩薩】 おん ばざら たらま きりく (三回唱えます)


その後、大師堂に行きます。

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ご本尊真言は唱えないで、あとは同じように参拝します。


そして、納経所で御朱印と御影を頂きます。

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参拝の完了です。


参道や境内の様子をご紹介いたします。

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長い石段の横は深遠な樹木が続きます。

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この杉の説明ではありませんが、こんなに古い杉が多数あります。


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前後しますが、お遍路さんを「お迎え童子」が迎えてくれます。

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赤いみゆるぎの橋を渡ると
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興隆寺は別名「もみじの寺」と言われ親しまれているそうです。

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この石は「牛石」と呼ばれています。
源頼朝による本堂再建のとき、材料を運んでいた牛がこの地で倒れたため、牛に似た石で葬ったということです。

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お遍路さんは、こうして牛の口に草を入れてあげるそうです。


境内に入ります。

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身代わり不動尊
ご真言、「のうまく さんまんだ ばざらだんせんだ まかろしやた そわたや うんたらた かんまん」と唱えました。

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鐘楼
一突きしました。
この鐘つきがあとで反省の材料になります。。


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銅造如来立象


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三重塔


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嬉しいことがありましたので、本気笑いができました。

ゆっくり参拝して、また長い下りの道を帰ります。

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ありがとうございました。

  1. 別格10番札所
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プロフィール

まま♪

Author:まま♪
息子を亡くして20年、いつか四国八十八箇所霊場巡りをしたいと思ってきました。
そのために体を鍛えたり、金銭的にも無理や負担のないように計画できないものかと色々考えて来ました。
やっとその目処もつき、初めの第一歩を踏み出しました。
六十路のゆるい修行の旅になりそうです。

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